【書評】野村克也の「弱者の兵法」
- 作者: 野村克也
- 出版社/メーカー: アスペクト
- 発売日: 2009/07/24
- メディア: 単行本
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2009年当時、楽天の監督時代の本であるが、野村監督の組織論や、 人材育成論について、書かれた本。
野村監督といえば、「野村再生工場」の通り、古くは、南海時代の江本孟紀、門田博光、 ヤクルト時代の小早川毅彦、最近では、楽天、山崎武司など ベテラン選手の再生を見事に成功させたことはあまりにも有名であるが、 とりわけ、江夏豊の再生についての部分が野球ファンには、堪らない。
野球が分業制となる時代を早くから、見据え江夏豊をクローザ―転向を 迫った話は有名であるが、そのほかの下記の口説き文句が書いてある。
(本書より)
「南海に来い」という言葉は口にしない。 江夏に、”南海で野村と一緒に野球をやろう”と思わせよう。 江夏は、超一流の選手である。野球を愛しているし、 深く広く学びたいという欲求も人一倍持っている。 そして、理解も非常に深い。そこをくすぐる話題を振れば、 絶対に私を信頼し、なびいてくるはずだと思ったのである。 また江夏は正義感が強く、自尊心のの高い性格であることも知っていた。 そこで、前年のシーズンで、江夏が広島戦で、 衣笠をカウント2-3から空振り三振に仕留め、 三塁に走ってきたセカンドランナーを刺してダブルプレーに とったプレーを引き合いに出し、 「あの、2-3からの1球わざとボール球をなげたろう。」(野村) 「どうしてわかったんですか?そんなこといわれたの、はじめてですよ」(江夏) 「一度でいいから、お前と野球をやってみたいもんだ。お前が投げて、 俺が受ける。これは芸術になるぞ」(野村) 江夏はニヤリとしただけだったが、それはOKの意思表示に違いなかった。 事実それからほどなくして、江夏は南海への移籍を承諾したのである。
以前、有名な「江夏の21球」の回顧番組で、 時の広島古葉監督が江夏がマウンドにいるのにもかかわらず、 ブルペンに投手を用意させたことに対して、
「江夏のプライドを考えたら、絶対にできない」
というようなことを野村監督は言っていたが、緻密な理論のもさることながら、 こういった人間学に優れているところが、名将たる所以だろう。
これは、野村監督そのものが、テスト生から三冠王そして、監督という、 一番下から、トップになったという稀有の経歴があればこそだろう。
それから、一流の監督の条件としては、以下のとおりのようだ。 (詳しくは、本書を参考にされたい)
(本書より)
* 優勝回数 * 人望 * 度量(器) * 風格 * 言葉 * 判断力と決断力 * 知識
上記に「人気」が入っていないことが興味深い。
また、本書の「弱者の兵法」とは、とどのつまり 「無形の力」をうまくつかうことのようだ。本書では、
(本書より)
無形の力」とは、文字通り「かたちにならない力」、 すなわち「目に見えない力」のことを指す。 具体的にいえば、 「分析」、「観察」、「洞察」、「判断」、「決断」、「記憶」 としてまとめられようか。
これは、「野村ID野球」という言葉で凝縮されてしまうのかもしれないが、 それらに対する要求度の高さがスコアラーに対しての要求度の高さにも表れている。
(本書より)
ヤクルトの監督に就任したとき、スコアラーから届けられるデータの ほとんどはパーセンテージで示した数字だった。 例えば、このピッチャーの投げる球種はストレートが何パーセント、 カーブが何パーセントといったように・・・。それをみて私は言った。 「そんなものは、テレビ局にでもくれてやれ!」 無形の力を活かすために必要なデータとは、「統計」ではない。 具体的でなくてはならないのだ。 具体的にいえば、 「12種類あるボールカウントごと」、 「そのピッチャーはどういうボールを投げてくるか」、 「ストレートは何球まで続けるか」、 「どういう状況でキャッチャーのサインに首を振ったか」、 バッターなら 「大きな空振りやホームラン級のファールの後、どういうバッティングをしたか」、 「甘いストレートを見逃したとき、次のボールにどういう反応を示したか」 といったような情報である。 いわば、心理に関するものなのだ。
深い。いまでこそ、当たり前のスコアラ分析をこの精度で、 およそ25~30年前にやっていたことに、先進性を感じる。
そして、野村監督のチーム・組織作りの根底にあるもの、強さの根底にあるものは、 下記のものと言えると思う。
(本書より)
ヤクルト時代でも、阪神でも楽天でも私は、 選手たちに優位感を植え付けることに腐心してきた。 選手が「自分たちは他のチームより、進んだ野球をしている。」 という意識を持つことは、非常に大切だからである。
巨人V9時代、、森監督の西武時代、野村ヤクルト時代、などある程度、 長く繁栄したチームに共通しているのは、こういった「他所と違う」と いった選手たちのメンタリティーがあったように思える。
このいわば、「勝者のメンタリティー」は、プロ野球に限らず 、サッカーでいえば、現在のFCバルセロナなど他のスポーツにも共通して言えることで、 ひいてはサラリーマンの組織論にも共通していえるこだと思える。
このように、理論的かつ合理的な考えを持つ野村監督をして、 人材育成・コーチングの基本は、「愛情」という非常に感情的なものであることも 非常に興味深い。
監督に最も大切なことは何か。一言でいえばそれは愛情だと思っています。
野村本の中でもおすすめの一冊である。